2012年8月11日土曜日

おおかみこどもの雨と雪

8月11日レイトショーで見ました。
若干のネタバレがあるので念のため注意ください。






















アニメの作り方が大幅に変わっていて最初は違和感。ただこれはきちんと考えられたものである事は見て行くうちに見えてくる。
冒頭、ヒロインと狼男の二人の小さな世界の構築の話が手際良く描かれる。その中で違和感の元になっているのが背景のキャラクターの描き方。一つが目。描かれるキャラクターの描かれないキャラクターに分かれている。またこれは主人公たちもそうなのですがディティールだけ残して細かくは描きこまない方法論が取られている。
前者は花と狼男の世界=主観が関係していて、世界の内側(例えば雪、雨)の存在は描かれますが、秘密故に「敵」となる存在(児童福祉相談所やアパートの大家)では決して目が描かれていない。
後者は必要な情報は無論盛り込まれている訳ですが、背景が写真から起こされたと思われる写実的な絵を使われていてディティールが省略された絵との組み合わせで一瞬紙芝居を見せられているように感じられた。この点はバランスの問題だと思うのですが本作のアニメの必然性について懐疑的になった引き金であるのは確か。実際はアニメでないと表現できないところがあるので何ですが。。。(例えば「狼」描写)

本作で興味深いのは描かない選択をしている点がわりと多いところでしょうか。例えば、花と狼男、子供たちの法的な関係。子供に関しては児童福祉相談所が訪問してくるところで出生届が出されている事が分かるのですが、二人が婚姻届を出していたかという描写はなし。遺影が運転免許証という描写から写真があまり残されていない事が暗示されるのですが、それ以上の事は触れない事で細かい整合性を問われる問題を回避しているようにも見えます。
このような描かれない事柄は、雨の一人立ちでも起きていて後で振り返るとどうなるんだろうという懐疑が残ります。母親の心境であれば帰ってくるところを残そうとするでしょう。でも11歳の子供が神隠しにあったがごとく行方不明になれば、村(市、町の可能性もあるが)を挙げて山を捜索といった展開になりやしないかと。雪が信頼出来ない語り手の可能性が高い点を割り引いてもこの点は納得し難いものはあります。

あと集中豪雨の日の休校後の学校の対応(あの状況で用務員の人が「誰かいませんか?」
というのはさすがにおかしい)、親が迎えに来たか確認ぐらいはするでしょうから気付かないという設定はどうかなあと。既に親が迎えに来たという錯誤描写があればいいだけなのでちょっと理解が出来ないところでした。(追記:小説版では記載がありました)

といった点はありますが、ある家族の物語としてはよく出来た作品です。特に人を避けて逃れて来たのに、結局は人(里の人)に助けられているという描写は良かったと思います。
本作を端的に表現する事は困難です。子供の成長記なのか、山村で受け入れられていくプロセスを描いた物語なのか。細田監督が「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」に出演された際のインタビューを聞くとキャラクターがどう動くのか考えられて脚本に反映されたとのようなので話のリズムが決して一定ではない理由として納得。作品世界に入り込むのにその文脈を理解出来るように慣れなければなりませんが、その壁を越える事が出来れば魅力的な作品だと思います。


追記:小説版、読みました。語り手は小説だと主人公になっている点が異なります。あと映画では割愛された部分がいくつかあって、その点は他から類推出来るものとして外されたのだろうなと理解。
その上で、2カ所映画版のままでよく分からないところがあります。1つはゴミ収集車+保健所員で動物の遺骸を回収するというシーンの不自然さ。保健所とゴミ清掃って自治体では組織が別。また犬と誤認するというのもにわかに信じられないし、駆け寄ってきた人がいたら遺骸を見せて事情を知っているのかどうか聞く、というのが普通だと思うんですけどね。あの点だけあのような描写にされた意図が未だ理解出来ていません。
(あともう1点は上述しているこの物語の話の閉じ方の件なので割愛)

振り返ってみた際に「あっ」と思ったのですが「森の主」というコンセプトは、本作最大のファンタジーだと思う。理解出来ないものを理解した雨をどう描くのか。難しい話ですが、であれば本人にも理解出来ないが、魅入られるものとして描いておいてよかったのではないか。この点だけ自然の神秘さに対して人側から見た理解で話を片付けてしまったのは残念でした。

ただこういうツッコミをしたくなるほど魅力的な映画だったのは確かです。物語を楽しむ目と共に世界の違和感を見いだす見方は本作の語り手との対話として面白いと思います。そういう意味で大変おすすめな一作です。