2013年3月6日水曜日

[映画]横道世之介

普通の人たちの選択とその結果を描いた物語。そこにはその人たちにとって特別な物語がある。沖田修一監督。原作は吉田修一。
※ネタバレあります。




1987年のリアリティは地道な努力の産物
冒頭、1987年の新宿のシーンで舞台がどの時代であるか明示。中央線を走る101/103系らしいオレンジ色の車体。グリコのキスミントを配るキャンペーンガールの中を特異な髪型の主人公が登場。
あの頃のファッション、まだ景気が右肩上がりだった頃の風景を見事に再現。AXIAのカセットテープの宣伝(斉藤由貴)など法的な許諾取得の手間を考えると恐ろしく手間が掛かる美術を作り込んでいる。
さすがに全編そういう訳ではなく、要所要所で仕掛けて1987年という認識を観客に植え込む。細かいところでは「○○ギター」看板なども再現。(昔はよく見かけた看板広告。書体が特徴的で記憶に残っていた)
手間をかけるべき所で手間を掛ける。そういう方針で作られた作品である事が分かる。

過去をVFXを駆使して再現する映画が増えていますが、本当の意味でのリアリティとは何かと言えば人の目線で見た時の情景を再現して「そうそう、あんなギター教室の看板あったよ!」と言わせる事じゃないか。「空から俯瞰した当時の町並みシーンをVFXの技術を駆使して見ました。どうだ、すごいだろ」というのは技術の目的化であって演出ではないのではと思う。

さり気ない時代表現
本作は16年後、2003年のシーンがしばしば出てきますが、こちらもさり気ない描写でいつの話か明示。子供の年齢。ワインのラベル。ラジオニュース。肖像画。アンテナが伸びる世代の携帯電話など。
細やかなところに注意した上で映画的な表現として織り込まれているのが好ましい。

何も起きない普通の人たちの物語
登場人物たちは普通の学生であったり、その両親であったりする。そういった普通の人々の人生の岐路で何を選択するのか。その選択はその人にとって特別な物語として光を丹念に当てて行く。
倉持夫妻、加藤、片瀬千春、与謝野祥子そして主人公である横道世之介がどのような選択を行って、そして16年後に何をしているのか。そこに謎があって映画としてなりたつ余地があった。

ま、普通の人たちと言っても誰とでも仲良くなる才能(空気を読まないとも言いますが)世之介とその上を行くハイテンションお嬢様こと祥子というのは逸材なのは確か。
世之介が支配していたスクリーンが爆笑お嬢様ががっつり持って行ったのは映画だからかなと思ったら原作にもあったのでこのあたりは小説家の奇抜な演出に軍配といったところでしょうか。

映画と原作は別物。だからこそ映画>=原作たりえなければならない。
原作も読んでみたのですが、新聞連載小説だった為か、説明的で短くシーンが変わって行く印象。映画は3時間近い大作ですが、原作の構造のためかそれでも尺足りずという印象はあります。原作は冗長さを感じるところもあり、映画はうまくブラッシュアップ出来ているかなと。

原作付きの映画化はハードルが高い。それは答であり基準とも言える存在があって最低でも同水準の作品である事が常に求められる訳です。本作の脚本は初の共同脚本。前田司郎氏は知らなかったのですが文芸春秋の「同級生」記事を見たら沖田修一監督と同じ高校で親友だったとの事。こういうところも本作にプラスに働いているように見えてきました。それはともかく1987年を感じさせる画作りと原作を上回る原作らしさを引き出した本作脚本は素晴らしいと思う次第。

弱点もない訳ではなく祥子の何かと一緒にはしないという説教シーンは唐突過ぎかなと。意味は分かりますけど、世之介の服装で。(大苦笑)
あとは祥子が何をしているかが案外ぼんやりした印象でしか語られないあたりもちょっと残念。いや、原作のようなシーンまでは要らないんですが、蚊帳の件だけで分かるかな。。。(というか分かりませんでした)
このあたりはやはり尺の問題ですよね。3時間越えしても良い作品では、と思いますが、映画興行としてはそうはいかないんだろうなとは思いますが、少し惜しい感じはあります。

カットして良かったのは世之介と祥子のその後でしょうか。あそこを語らずに物語を閉じたのは素晴らしい判断でした。あの点は観客の想像力に任せた方が広がりがある終わり方が出来る。この部分は原作の大きな弱点だと思う。

トレンディドラマ前夜、それを見ていそうな人たちが主人公になった映画
本作の主な舞台は1987年に置かれています。90年代のトレンディドラマが夢の世界を描いたものだとすれば「横道世之介」は祥子というトリックスターを配しつつも普通の人たちの物語を描いたという点で素晴らしい傑作だと思います。

沖田修一監督作品を見るのは本作で3本目。そのユーモアや独特の間合いは体験済みですが、本作でもそういった演出は健在でニヤリ。
これまでの作品からみると結構大掛かりな映画になったと思いますが、見事な作品に仕上げられていて良かった。また次回作が楽しみです。