2014年5月13日火曜日

[映画] プリズナーズ

評判いいですねえ。レイトショーで見たのですが混んでました。
ネタバレあります。






あらすじ サンクスギビング・デー。近所の家族同士のホームパーティーで少し目を放した隙に二人の少女が消えた。その前に兄・姉たちも一緒に外に出た時、怪しいキャンピングカーを見ていたのだった。警察の捜査で発見されたキャンピングカー。逃げ出そうとした所を事故を起こし捕らえられたドライバーは10歳児並の知能しかないアレックス・ジョーンズ(ポール・ダノ)だった。
刑事は取り調べの結果、疑わしい点はないと判断したが、行方不明の少女たちの父親の一人ケラー・ドーヴァー(ヒュー・ジャックマン)は彼しか犯人は考えられないと釈放される見通しを放したロキ刑事(ジェイク・ギレンホール)に逮捕拘束をロキ刑事に要求。ロキ刑事は上司の警部(字幕では「署長」。彼の机の上の名前プレートではCaptain=警部)に相談したが無視されてしまう。そして駐車場である出来事が起き、その後でケラーはある決断を行った。



作品構造はケラーとその家族たちの軸とロキ刑事の軸で物語が進む。
ミステリーなのかサスペンスなのか論争があるのですが、それはこの二軸構造に起因しています。そして二軸故に物語が暴走する。
以下、ネタバレしかありません。

探偵ロキ
ロキ刑事、魅力的なのですが作中では「全て解決してきた」と評価されているからか一匹狼で単独行動しかしない為、とても警察官に見えない。本作では警察官である事は単なる設定に過ぎず、実際は「探偵」としてしか機能していない。
性犯罪前科者たちを回るロキ刑事。行き当たりばったりでミイラ化した死体を見つけ、犯人をあっさり自白させた。もう天才としかいいようがない。
そのようなロキ刑事の捜査の裏でケラーが暴走する。

アレックスが行方不明になった点について。警察がいつ知ったのかよく分からない。ただ天才ロキ刑事が警部に向かって「監視を付けるように頼んだじゃないですか」「奴は無実なら必要ないだろ。そんな金ない」「ならちゃんと私に言って下さい。聞いていたら自分で監視していた」と怒りを炸裂させるロキ刑事。


父としての狂気?それともキリスト教終末思想を持った自衛主義者としての暴走?
ケラーはアレックスを捕らえて廃屋になっていた父の所有するアパートビルに閉じ込めて拷問を行う。まるで中世そのもの。疑い自体がそもそも少女たちが行方不明になる直前にキャンピングカーを近くに停めたというだけで「奴は知っている」と殴る、殴る、殴る。
そしてアレックスの顔は腫れ上がり血まみれになっていく。
ケラーは大変親切なので一人ではやらない。一緒に消えた少女のもう一方の父親フラインクリン・バーチ(テレンス・ハワード)も巻き込む。偏った思想の持ち主でさほど頭が良いと思えないケラーに対して、理知的なバーチは連日の拷問で精神が病んで行く。それでもぶれないケラー。(酒に逃げて溺れていたらしい描写はあるが取って付けた印象は拭えない)

ケラーがどのような人物かはいろいろと描写がある。
冒頭、息子にハンティングに連れて行き、鹿を仕留めさせる。その際は神への感謝の祈りを捧げた後でライフルを撃たせている。
ホームパーティーで「星条旗よ永遠なれ」を歌っていると妻にバラされたケラー。愛国者でもあるんですね。。。
ロキ刑事がケラーの自宅を調べに行くシーンでは、ケラーの妻グレース(マリア・ベロ)が地下室を案内する際「ここは子供は立ち入り禁止なの」と強調しながら階段を降りて行く。で、ロキ刑事はそこで膨大な食品・飲料、薬品と軍払い下げ品と思しき弾薬ケースが整然と棚に格納されている様を目の当たりにする。ケラーが「いつ何が起きても対処出来るようにするんだ」的な事を息子に語りますが、世界の終末が来ても家族を守るという一念に囚われていて、キリスト教と終末思想が結びついたミリシアに近い。(なのでロキ刑事はここでケラーはとは交わりようがないと察する事になる)

あの日に限ってか何故かリカーショップに車を停めたケラー。尾行に気付いた描写はないので酒に溺れていた描写があったのかも知れない。(編集でカットされたのか、そんなシーンはないんですけどね。但し隠れ家にはいつの間にかウィスキーの空き瓶が散乱している。実に不思議。)

甘い結末
ケラーの暴走は中々のレベル。拷問は喋ったとして真偽が分からない、また命に関わるようなレベルまで暴力を振るった場合、喋らない事の理由を考える必要がある訳ですが、そういう事を全く考えずどんどんエスカレーションさせる。
そこの悩みの描写がない訳ではないのですが、ロキ刑事の捜査のシーンが入る為に深さが足りない。悪く言えば適当。死んでいてもおかしくないレベルの暴行で、しかも彼も実は……という展開なので全く共感出来ない。
この物語の狙いからすればアレックスは殺されていた方がケラーの罪が明確になって良かったのではないか。

最後にケラーが行方不明になるのですが、あれで携帯を破壊出来るだろうかとか(稼働音入っていたら、まだしもね)、いろいろとケラーが持ち込んできたものが見つかれば分かるんじゃないかとか物証がいろいろと残っているはずなのですが、そこは触れないんですよね。で、最後は感動的な終わり方になると。
あの後描かれていたら多分ロキ刑事はにっこりしながら手錠掛けざるを得ないはずですので妥当な終わり方かも。(苦笑)

雨から雪に変わって行くサンクスギビング・デーの数日を描いた作品。寒々とした画になるはずが、今ひとつ温度感が伝わってこない。
意味不明なブラックアウトでのシーン転換もまどろっこしい。頻度が高すぎて意図が見出せなかった。
宗教の隠喩表現が多いとの指摘ですが、終末思想に基づく自衛主義の狂気との食い合わせが悪い。ロキ視点かケラー視点のいずれかに絞るべきで、多くを狙い過ぎて失敗した作品だと思う。

ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール、ポール・ダノの演技を堪能する観点ではお勧め出来る一作です。多分ジャックマンか ギレンホールのいずれかを外していたらもっと深い作品になったと思います。残念。