2017年6月2日金曜日

映画「Arrival」(邦題「メッセージ」)の時空概念に関するメモ

あらすじを触れた上でガラ・パーティーで起きた事などこの世界の時空法則について検討してみた。
ネタバレ全開ですので、映画をご覧になった方のみどうぞ。





























原作テーマとして時間の流れに拘束されている人類は起きる事を変えられないがその事を受け入れて愛する事はできるとされている。

本作は原作の基本路線を踏襲(著者のテッド・チャン氏も本作の考証などアドバイザーで関わっている)した上で、12隻の船が地上に降りてきて人類と直接会うという形に変更した上でヘプタポッドが存在しただけで生じた世界危機の中で物語が進むように改められた。本作脚本開発は製作総指揮も務めたエリック・ハイセラーが中心になって行っており、ヴィルヌーヴ監督は他の作品を作っていた関係でノータッチだったという。

世界危機の内容は冷戦など世界の終わりを告げる作品にも近い。誰かが手を出した時、他も連鎖反応で戦争へと突入する。その時にどのような兵器が使われるのか、といえば核兵器の使用も辞さない可能性は高い。そういう破滅の危機を置く一方でそことは隔絶した交渉の最前線を描く。

世界をよく見て必要なシーンを見せるように脚本が作り込まれていて、まずこの下地がなければ本作の成功はなかったのではないか。この点はもっと評価されていい作品だと思う。


1. あらすじ

本作のオープニングは「回想」で始まる。これは現在の「回想」ではなく10年以上未来からの「回想」となっている。子供が生まれ育ちそして重い病で亡くなる。そして彼女は言うのだ。「あなたの物語」、我が子の物語の始まりはいつだったかと。

そして、まだ子供が生まれる前の世界へと戻り、ヘプタポッドの船の到着から語られ始める。このあたりは映像における叙述トリック的な描写になっている。

ルイーズとイアンはウェバー大佐のチームに加わってヘプタポッドがやってきた理由を知るために言語構造を調べ、語彙をヘプタポッドたちとやり取りし合う。そんな中でヘプタポッドの船が降りたサイト各国の中で早急な解決を測ろうとした上海サイトのシェン将軍のチームは奇抜なコミュニケーションを行い、それによってヘプタポッドの意図を把握し損ねて誤解してしまう。世界各地の12のサイトで最初に何かやるとすれば、コードネーム「ビッグドミノ」と米側がつけていたシェン将軍しかいない。果たして読み通りそうなった。中国はサイトに設けた通信センターの回線を切断(ブラックアウト)してしまう。

中国が動けば、各地のヘプタポッドの船と戦争が始まる。そう思ったロシアなど各国もこれに続き、12箇所のサイトはお互いを拒絶しながら中国の動きを注視する展開になった。

この危機を打開したのはヘプタポッドとなおコミュニケーションを取り続けたルイーズの功績だった。高度をとって安全確保していたヘプタポッドの船から単独招待されたルイーズはヘプタポッドの言語の秘密の全容を知る。そして自分がずっと見てきた、まだいない我が娘のフラッシュバックが何を意味するか知った。虫、石、ヘリの音。全てはその事から想起される未来の記憶とつながっていた。

ルイーズは1年半後に開催されるヘプタポッド対処による世界の変容を記念するガラ・パーティーへと意識が飛ぶ。そこへ姿を見せたシャン将軍はあなたの思考がどのようなものか理解は出来てないが、といいながらプライベートの携帯の番号と彼の妻が残した最後の言葉をルイーズに伝える。その時のルイーズは全くなんの事か理解していなかった。そしてそれが何を起こすものか気付いた時、再び「現在」へと意識が戻った。
そしてルイーズはシャン将軍の携帯に電話して、彼しか知りえないという妻の死に際の言葉を伝える事で彼の考えを変えさせて危機を終息させた。

映画は「あなたの物語」の起点は最初に思っていた湖畔の自宅でのイアンとの語らいではなく、このモンタナのどことも知れない草原だったのだと気づき、そしてイアンにこの先の人生がわかっていたとしてその時どうする?と問いかけて終える。

2. 時空に関わる特異事項

(1)ガラ・パーティー

 ガラ・パーティーでのルイーズはシャン将軍と自分が会話した記憶がない。ルイーズがコステロのヒント「武器が時を開く」を元に世界の行く末を変えている。原作は水中で光が屈折する時、時間最小になるルートを取る現象を元に時空理解の寓話を展開しているが、本作の場合は危機状況下のAという状況から平和な世界へと変容したBへ移るためにシェンとルイーズに「最短経路」での解決を計らせたように見える。
 どちらにせよあの場のルイーズが知らなかったのは何故なのかというのは本作最大の謎じゃないだろうか。


(2)ノン・ゼロ・サム・ゲーム

どちらも得をするような事の数学的な言い方について12歳になった娘が母親に聞く。最初にこのイメージが襲ってきた時、ルイーズはその意味が分からない。そして後でイアンがルイーズを援護しようとしてこの言葉を持ち出してきた時、ルイーズは娘にこの言葉を伝える。
 この展開、未来の世界ではルイーズが思い出したという風に解釈はできる一方で、過去のルイーズが未来に対して伝えたようにも取れる。ここはルイーズが思い出したのだろうと思う。

(3)草原でのイアンとの会話

 イアンとの最後の会話は二人が恋に落ちた瞬間を描きつつ、結婚後の湖畔の家で子どもを作ろうという未来の会話が時空を超えて並行して描かれている。(いつの時空か示すマーキングの一つとして結婚指輪と2つのワイングラスが使われている)
イアンの回答は当然100点なのですが、彼があのような認識を持っていてなお未来に起きる事に変化はないのだろうか?
(1)と同じく世界が変化したところだったのではないか。そう思えてならない。

3. 変化する時空世界?

娘役は3人いて、年長者で12歳。ヘプタボットの文字を知り始めた最初の頃のセッションが終わり、ベースキャンプの連絡車両降車エリアでルイーズが最初にまだいない娘のイメージに侵食され始めた時、まだ小さな娘が病院で診断を受けていてルイーズがそこについているシーンが使われている。
 その一方で冒頭最初の未来のルイーズの回想ではティーンエイジャーになっている娘が診断を受けていて泣き崩れる。

 果たしてこの2つの時空は同じなのだろうか?

 ルイーズはヘプタポッドの文字言語の理解を深めていく。そして娘にかかわる記憶は当初は虫や石、ヘリの飛行音、屈んだ時など様々なトリガーが未来の似た出来事とルイーズを結びつけていく。
 そして彼女がヘプタポッドの文字をマスターするのは彼女自身が未来に書く「UNIVERSAL LANGUAGE」を手に取った時だった。映画では描いてないがこれを読んだ記憶にアクセスしてその瞬間マスターしたのだろうと思わせる展開になっていく。

2.で挙げた特異事項のうち、(2)は未来の自分が過去のイアンの言葉を思い出しただけに見える。(3)は観客の気持ちを軽くするための可能性の提示であって実際に変わるか保証された描写という訳ではない。
 やはり問題は(1)となる。(1)ガラ・パーティーでの出来事は未来にそのようなパーティーが開かれることになる(この後の問題の解決が見えている)のに、将軍は今ひとつ全貌を把握してない自覚を持ちながら携帯の番号とある秘密をルイーズに教える。
ルイーズも全く何の事かわかっていない。まるで記憶が欠落しているような様子だったのが18ヶ月前の世界危機の出来事と結びついて驚きに変わっていったように見える。
 シャン将軍が彼女に話をしなければならない事が既定の出来事だったとして、ルイーズが知らなかった理由は、ヘプタポッド言語をルイーズが知ったことで世界が変わったと見るのが素直に見える。ただ、その世界観はルイーズが時間を超えて知覚する事が織り込まれた世界なのだと思う。そういう特大の変化が起きたのが、ヘプタポッド危機の解決と各国の団結、そしてそれを祝したガラ・パーティーでの将軍とルイーズの会話だったのではないか。

もし、そうだとしたら「あなたの人生の物語」の最後は変化したかもしれない。その可能性を見せているのが早期の病院での検査を想起するイメージの存在なのだと思う。