2017年3月18日土曜日

「タンポポ日記」後編

「この世界の片隅に」二次創作の「タンポポ日記」後編(完結)です。
「タンポポ日記」前編はこちらでご覧頂けます。


昭和34年初夏

千鶴子さんが結婚した。千鶴子さんと一緒に森田家の家業を継ぐのだという。これでイトお婆ちゃん、マリナさんも一安心。

周作さん、ヨーコさんと一緒にお祝いに行ったんじゃけど千鶴子さんがしきりにヨーコさんに何か言っていてヨーコさんが顔を赤くしたり青くなったりしていたのが気になった。

昭和35年夏

お盆。久夫くんとヨーコさんがまた一緒に帰って来た。そして久夫くんからうちらにお話がありますと言われたので周作さんと正座して聞いたら、突然頭を下げられてヨーコさんとの結婚を許して下さいと言われた。
「け、結婚。」うちは思わずそう大声で叫んでしまった。
黒村の家の方はいろいろあったようじゃったけど、久夫くんの好きにすればいいと折れたらしい。
径子さんも周作さんとうちより先に今日言うとは言われていたみたいじゃった。
周作さんとうちはヨーコさんにその気があるのなら、そして久夫くんなら反対する理由はなかった。

昭和37年2月

ヨーコさんが久夫くんと結婚して黒村ヨーコになった。22歳でお嫁入り。
径子さんが新郎側、周作さんとうちが新婦側というのは中々変な感じがする。思えばうちも18年前にこうして呉に来たのだった。

昭和43年4月

久夫さんとヨーコさんの間に女の子が生まれた。母子とも健康。ヨーコさんと久夫さんはこの子に春の娘、呉、海にゆかりのある娘だからと「春海」と名付けた。晴美さんの名前からも取られた良き名前じゃと思う。うちらは春海ちゃんに幸の多からん事を祈った。

昭和49年4月

春海ちゃんが小学校へ。径子さんと二人で諏訪湖畔の久夫くん達の家へ入学式を観に行った。他にこんな祖母バカがいたりはしないと思うけどええんじゃ。あの子にとってもうちらにとっでも一生に一度の事なんじゃけ。
ヨーコさんはそんな二人の母を見て苦笑しながら迎えてくれた。
径子さんは周作さんから託されたカメラを抱えていた。うちが撮れれば良いのだけど片手では難しいから残念無念。(周作さんは会社の経理部長になっていて忙しくて来られず悔しがってた)

昭和55年8月

ヨーコさんと春海ちゃんが先に帰省で帰って来た。みんなでお墓まいりに行った時、春海ちゃんから晴美さんの事を聞かれた。久夫さんから少し話は聞いていたらしい。

うちは正座して晴美さんがどんな子なのか記憶の器から取り出していろんな話をした。あやとり。手提げ袋。ありこさん。久夫くんから教わった軍艦の知識。よく笑っていたあの子の事を可能な限り言葉にして伝えた。何か一つ肩の荷が降りた気がした。

昭和58年8月

春海ちゃんが一人で先にやって来た。調べたい事があるのだといって夏休みの間、呉市や広島市、広島県の図書館に通っていた。そんな中、映画を見たいと言われたので広島までうちと径子さんと一緒に見に行った。微妙に嫌がられたんじゃけど行ってみてその理由がわかり申した。見たかったのはロボットやら宇宙船やらが中々夢と絶望?と深淵な内容だったんじゃ。そしてうちらは誘われたのではなくお小遣いを借りるかしたかったらしい。気付かない祖母二人、うちらこんな鈍感じゃったっけ?と後で嘆息。

昭和59年8月

春海ちゃんの夏休み。今年もいそいそと広島へ映画を見に行って来た。径子さんがどんな映画か?と聞くものだから劇中歌の素晴らしさを言いたくて「キューン、キューン……」と歌ってみせてくれたのが微笑ましいけど、それもまたロボットやらロボットになる軍艦とかロボットの中に街があるとか凄いものが出てくるらしい。思わす周作さんと一緒に見た大和の事を思い出した。

それにしても今時の子の好みは良く分からないけどねえと径子さんと顔を見合わせて苦笑した。

昭和62年4月

春海ちゃんが広島大学文学部に入学。呉から通う事になり我が家に引っ越して来た。歴史を学ぶのだという。女性が大学とは時代はどんどん変わっている。またヨーコさんが嫁入りしてから静かだった呉の家が華やかになったんじゃ。

平成2年4月

春海ちゃんが大学卒業。神戸大学の修士課程に進むとの事で巣立っていった。4年間お婆ちゃん達との暮らしはどうたったかしら。研究のための本を山のように抱えていて部屋の床が抜けるかと心配になった。神戸では歴史学者として身を立てるべく頑張るとの事。無論うちらは応援しとるんじゃ。

この四年間、うちでは春海ちゃんとの暮らしを周作さんが一番楽しんでいたかもしれない。春海ちゃんの写った写真が山のようにアルバムに貼られた。自慢の孫娘じゃ。

平成7年1月17日

早朝、呉も揺れた。春海ちゃんは幸い無事で7時前に電話をくれた。

「すず婆ちゃん?やっぱり呉だよね。変な事言ってるよね、私。気にしないで。落ち着いてすぐテレビをつけて。……うん。私は落ち着いてるから。大変な事になってるけど私は怪我一つしてないよ。大丈夫だから。学校の同僚や学生たちが心配なのでこれから家を空ける。連絡が取りにくいけど心配しないでね。お母さんに電話したけどつながらなかったから、おばあちゃんからそう伝えて。お願い!」とまくし立てられて切れた。

その後、神戸とは電話がつながりにくくなった。あの子が朝まだ混んでない時に電話を掛けてくれてどれだけホッとした事か。ヨーコさんたちはこの連絡で取り敢えず安心してくれた。

春海ちゃんは学校の同僚、ゼミの学生たちの安否確認してからはボランティア活動で飛び回っていたとは後で本人から聞いた。しっかりしとりんさる。

前のページが一枚破り取られていたけど、なんでじゃろうか。おぼえとらんのじゃ。

平成7年5月

春海ちゃんがPHSを買ったから何かをあればこちらに連絡してと言われた。持ち運べる電話とか時代はどんどん変わっていく。

平成22年4月

日記が出てきたで、久しぶりに書き足す事にした。周作さんも好々爺。径子義姉さんもすっかり丸くなった。
久夫くんも会社を定年退職、こちらで家を買ってヨーコさんと戻って来た。
孫の春海ちゃんは博士号まで取って東京の大学で研究活動を続けている。出来た人と巡り会えて研究活動を続けていて今は大学の助教になっている。末は博士か大臣かと言われた時代と違い学者の世界も大変なようだけど生涯掛けての仕事だと思い定めてるからやり切るとは春海さんの弁。
うちはスマホとかいうものを手に入れた。周作さんがカバーに細工してネックストラップを付けてくれた。「これなら片手でカメラも撮れるし、いつでも使えるで」と周作さん、径子さんとよく撮りに出かけている。一度灰ヶ峰の展望台から撮りたいねと三人で相談しとるんじゃ。

平成24年12月

春海ちゃんに女の子が生まれた。冬に生まれたからと美冬と名付けられた。あの子の夫が母親の名前が季節に関連している事をとても気に入っているらしいから根負けしたらしいとはヨーコさん(遂にお婆ちゃんじゃ)が言っていた。

平成28年12月

春海ちゃんが夫と美冬ちゃんを連れて帰省。いい映画があるからとうちらみんなを連れてポポロ座へ行った。(美冬ちゃんはお父さんとお留守番。彼は春海さんとまた見に行きますから遠慮なく見てきて下さいと言われたんじゃ。できた人じゃね。春海ちゃん)

映画なんてすっかりご無沙汰だったでえらく春海ちゃんがみんなで見たがるので何でじゃと思ったら、ここ、呉で見るべき映画だよと言われた。アニメエションと聞いて子ども向けで春海ちゃんの好きだったロボットものかなと思ったら、それは今でも面白いと思うけど、違うよと言われた。

そうやって見に行った映画が始まるとまるで自分達の話のよう。最後の音楽が終わった瞬間、不思議な気持ちに捉われて思わず周りを見回した。そうしたらカイブツさんやうちの両親、お義父さんとお義母さん、鬼いちゃんとワニのお嫁さん、晴美さん、そしてリンさんたちもうちらの周りにおって拍手していたような気がした。

すぐ部屋が明るくなって我にかえった。ほんの一瞬の夢か幻。すぐ周りを見回してみたけど、そんな人らはおられんかった。
すると隣に座っていた周作さんがうちの手をそっと握ってきた。
「すずさん。わしにもみんながよう見えたで。わしらはもうこんなじゃけど、みんな元気そうやったな。」
うちはただ、ただ頷くだけやった。

「春海ちゃんらは先に出てロビーで待っとってくれとるから。すずさん、行こうか」
周作さんに促されて席を立った時、最前列中央にまだ人がおりんさるのに気付いた。そして何処からか子供たちの歌声が再び聞こえてきた気がした。

その瞬間、頭を何かが撫でた気がしたのはきっと気のせい。

平成29年新春

春海は見ちゃいけないと思いつつ子どもをなだめながら祖母の日記(というには間が結構空いている事が多いけど)を読んである事を思い出した。

あの日、一度強い縦揺れを感じた時に目が覚めた。そして強い横揺れの始まりと同時に本棚が私の上に襲いかかってきたはずだった。
再び目が覚めた時、まだ何も起きてはいなかった。ただ小さな女の子が私をそっと揺すった。そして強い横揺れの始まりで枕元に置いていた本棚が揺れて倒れそうになった際にほんの一瞬だけど力強いけどどこか繊細そうな若い女性の右手が支えてくれたように感じた。二人のおかげで私は間一髪でベッドから転がり出て本の下敷きにならずに済んだのだった。
あの時、誰が助けてくれたのか理解し、そして理由は分からないがすぐ忘却してしまった。今度も忘れちゃうんだろうな。……「それでいいんじゃけ、忘れんさい」という若い女性と多分私と同じ読みの名前の女の子の笑い声が聞こえた気がしたのはきっと気のせい。

「春ちゃん、冬ちゃん連れてこっちきんさい」「春海、お昼じゃけ」そう呼ぶすず婆ちゃんと径子婆ちゃんの声が聞こえた。春海はそっと日記を閉じると元の場所に戻して子どもを連れて居間の方へ戻って行った。